いじめた罪②
いじめた相手は一人ではなかった。
最初にいじめたのは、いつも早口で声が小さい女の子だった。
今考えると、吃音症だったのかもしれない。
話し始めはだいたい吃っていた。それが嫌で、早口で小声だったのかもしれない。
もう推測しかできない。
今はどこにいるのか分からない。
彼女は同窓会にも来なかった。
当時、自分でも具体的に何が不満だったのか分からなかったが、とにかく不快だった。
こそこそとしていて、持ち物も汚かった。
同級生はその子に酷いあだ名をつけて笑っていた。
誤解がないように書いておこうと思う。
同級生は、みんな大人だった。
確かに先述したように、影で笑うこともあった。
だが決して、本人が酷く傷つくような、そんないじめはしなかった。
仲間はずれになんてしなかったし、休み時間にはその子と遊んでることもあった。
無視もしないし、ご飯だって一緒に食べていた。
酷いあだ名だって、由来こそ酷いものだったが、親しみを込めて呼ばれていた。
それも一種のいじめだと思うが、それはまだ「いじり」で済むレベルでしかなかった。
同級生は、みんな大人だったのだ。
わたしには、あだ名がなかった。
私の学級(学年)は、稀に見る仲良しクラスで、先生の言うことはちゃんと聞く、真面目に授業を受ける、児童会のめんどくさい活動だって真剣に取り組み、ボランティア活動だって進んでこなした。
運動会だって一致団結していたし、先生が決めたことでもないのに、生徒の自主的な活動によって教室の花瓶にはいつも花が揺れていた。
合唱だってすごかった。よくある「真面目にやってよ男子~」なんてものはなく、男女がそれぞれ真面目に練習して、校内のコンクールが讃えられた結果、市の合唱コンクールに参加したこともあった。
とにかく仲が良かった。
男女関係なく、あだ名か下の名前で呼び合っていた。
仲がいいと呼び捨て、そんなに交流はないと「くん」「ちゃん」付け、
みんなから愛される子はあだ名。
まさに絵に描いたような理想的なクラスだった。
話を戻す。
そんな中で、あだ名がついていた彼女は、愛される立ち位置にいた。
「ちょっと人とは違う子だけど、僕らが支えてあげよう」。
そんな暗黙の了解があるようなクラスだったのだ。
他にもいた。特別クラスの男の子だ。
知的障害があって、いつもは違う教室で勉強をするが、クラスのみんなは決していじめなかった。
朝の活動が終わったら、教室を移動する彼に、みんなが「いってらっしゃーい」と自主的に送り出す。
帰って来たら「おかえりー」。
彼も愛される立ち位置にいた。
あだ名だってあった。
そんな中で、先程も書いたが
わたしにはあだ名がなかった。
もちろん呼び捨てにはされなかった。
「くん」「ちゃん」でも呼ばれなかった。
私はひとりだけ、「さん」だった。
それはよくある「リーダー気質」だったからじゃない。
腫れ物だったからだ。
私には友達がいなかった。
私はいつもひとりだった。
本を片手に時間を潰した。
昼休みはいつも教室か図書室にいた。
わたしには、守られる理由がなかった。
いじめた彼女のように早口で小声ではなかったし
特別クラスの彼のように障害を持っているわけでもなかった。
しかし「個性的」だった。
間違っていると思ったことは、例え先生であっても突っ込んでいった。
同級生がしたことでも、いけないと思ったことは非難した。
私は正義感が溢れすぎて、「相手の立場になって物事を考えられない子」だった。
私は真面目で頑固だったのだ。
かと思えば、昔から非常にヒステリックな物言いをするめんどくさいヤツだった。
気に食わないことがあればすぐ泣くし、嫌なことを言われたら泣き叫びながら反発するヤツだった。
そのせいで、どう付き合えばいいかわからない子として認識されるようになった。
だからひとりだけ。
「○○さん」と呼ばれていたし、遊びに誘われることもそんなになかった。
たまに、ひとりでいる私を可哀想に思った子が誘ってくれた。
そんな私をからかう子が、理想的な学級とはいえ少なからずいたのだ。
「泣き虫」「デブ」「ブス」「のろま」「臭い」。
それを言うのは、最初はひとりの男の子だけだった。
その後それに便乗した子がいたが、積極的にいじってくるのは彼だけだった。
後に聞いたが、当時私は、彼に好意を抱かれていたらしい。
小学生男子特有の、「好きな子はいじめちゃう」というアレだった。
だが、当時はただただ悲しかった。
どうしてこんなに酷いことを言われるのだろう、と涙を流した。
手で叩かれたこともあった。
男の子が怖くて仕方がなかった。
そして、そんな時。
私に愚かな疑問が浮かんだのだ。
「どうして、彼女は言われないの?」と。
私より早口だった。
私より小声だった。
私より貧乏だった。
私より不潔だった。
私より頭が悪かった。
そんな彼女がいるのに、そこにいるのに。
私よりも劣っているはずのその子の周りには友達がいるのに。
私はその時から、向ける矛先を間違えたのだ。